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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)171号 判決

原告

川崎製鉄株式会社

被告

特許庁長官

右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求める裁判

原告は、「特許庁が昭和54年審判第3546号事件について昭和56年4月30日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第2(原告)請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和47年8月7日、名称を「清浄な鋼塊の製造方法」(その後「清浄な大型鋼塊の製造方法」と訂正した。)とする発明につき特許出願し(昭和47年特許願第78969号以下、この発明を「本願発明」という。)、昭和50年12月11日出願公告がされた。しかし、新日本製鉄株式会社外4名がこれに対し特許異議を申立て、特許庁は、これを理由あるものと認め、昭和54年3月6日拒絶査定をしたので、原告は、同4月5日、審判の請求をした。特許庁は、これを昭和54年審判第3546号事件として審理したうえ、昭和56年4月30日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、審決謄本は、同年5月20日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

下注ぎ法または上注法によつて造塊中に鋼塊底部の沈澱晶帯に介在物集積を生ずる大型キルド鋼の鋼塊を造塊するに当つて、鋳込前の鋼中酸素含有量を35ppm以下とし、かつその溶鋼の温度をTL(液相開始温度)+20度C以上にするとともに、その溶鋼の注入中ないしはその直後に、溶鋼トン当り総発熱量が3000キロカロリー以上になる量の早期燃焼型高カロリー保温剤、ただし下記で定義されるピーク時間が2分以内のものをもつて鋳型内湯面上を被覆することを特徴とする清浄な大型鋼塊の製造方法。

内部温度1300度Cに加熱保持しサーモカップルで検温しつつあるルツボ中に25グラムの保温剤を投入し、サーモカップルの指示が一旦900~1000度C前後の最低温度まで低下し、再び温度上昇して試験温度に回復し、さらに1600度C程度の発熱最高温度を経てから試験温度にもどるまでの間の保温剤の発熱試験における、保温剤投入から最高温度に達するまでの時間の計測値をピーク時間とする。

上記ルツボは、内径40ミリメートル、深さ42ミリメートル、肉厚7.5ミリメートルのアルミナ製。

上記サーモカップルは、内径5ミリメートル、肉厚1.5ミリメートル、熱伝導度6×10-3cal・cm/cm2-sec・deg・℃の緻密ムライト質保護管内装。

3  審決理由の要旨

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

日本鋼管株式会社京浜製鉄所「厚鋼板用扁平鋼塊の内質向上について」社団法人日本鉄鋼協会昭和47年3月4日発行の1ないし8頁(第51回鉄鋼部会資料)(以下「第1引用例」という。)には、キルド鋼塊からの厚板鋼板の超音波探傷欠陥を減らすため、キルド鋼を鋳造するに当たり、鋳型に溶鋼を注入後、高発熱パウダーを添加すること及び前期パウダーとして、発熱量が1キログラム当り2500キロカロリー、最高温度到着時間23秒のものを用いることが示されている。次に、社団法人日本鉄鋼協会「鉄と鋼」58巻4号1972年3月発行の根本秀太郎外5名「扁平鋼塊底部の介在物の発生機構について」78頁には、キルド鋼塊を15トンの鋳型で製造するに当たり、発熱量が1キログラム当たり1800キロカロリーのパウダーを32キログラム添加することが示されている。更に、日本金属学会「金属便覧」昭和46年6月25日発行の359頁には、溶鋼を鋳型へ注入する際の温度を凝固開始温度より30~50度C高いところにすることが示されている。

本願発明と第1引用例のものを対比すると、いずれもキルド鋼を製造するに当つて、溶鋼を鋳型に注後高発熱パウダーを添加して超音波探傷欠陥を減らす点で同一と認められるが、本願発明が溶鋼の酸素含有量を35ppm以下とし、鋳込前溶鋼の温度を液相開始温度+20度C以上とするとともに、発熱パウダーとして溶鋼トン当たり総発熱量が3000キロカロリーでピーク時間が2分以内のものを用いるのに対し、第1引用例のものが溶鋼の酸素含有量及び鋳込前溶綱の注入温度について示されてなく、また発熱パウダーのピーク時間は本願発明のそれと一致するも、溶鋼のトン当たり総発熱量に関して示されていない点で差異が認められる。

前記の差異について検討する。溶鋼の酸素含有量を低く抑えることによつて介在物欠陥を少なくするなどのすぐれた効果が得られることは、製鋼の一般常識であり、また、必要に応じて行われていることであるから、溶鋼の酸素含有量をできるかぎり小さくし、35ppm以下とすることが格別に新規なものと認めることはできない。また鋳込前溶鋼の注入温度を液相開始温度、即ち凝固開始温度より20度C以上高い温度にすることは、第3引用例にみられるように鋼を鋳型に注入する際の常套手段である。したがつて、本願発明における溶鋼中の酸素含有量及び鋳込前溶鋼の温度の限定は、単なる製鋼の一般常識及び常套手段の付加にすぎないものと認める。

次に、第1引用例には、発熱パウダーの添加量が示されていないため、総発熱量が不明である。しかし、キルド鋼の造塊時に発熱パウダーが溶鋼トン当たり2キログラム前後で用いられることは、第2引用例及び本願の明細書から明らかであるから、第1引用例においても、発熱パウダーの添加量を溶鋼トン当たり2キログラム前後で用いることは当業者が容易に類推し得るものと認められ、その結果、発熱パウダーの総発熱量が本願発明のそれと重複することは明らかである。

以上のことから、本願発明は、本出願前に公知と認められる第1ないし第3引用例の技術並びに製鋼における一般常識及び常套手段に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決を取消すべき事由

1 審決は、本願発明と第1引用例記載の発明が、「溶鋼を鋳型に注入後高発熱パウダーを添加して超音波探傷欠陥を減す点で同一であると認められる。」と認定したが、右の一致点の認定は誤りである(取消事由(1))。

(1)  第1引用例には、審決指摘のとおりの発明の記載があることは認めるが(但し、「注入後」は後に述べるように「注入終了してから数分経過後」の意味である。)、そこでの技術が対象としているのは、鋳型内で溶鋼が冷却する過程において、押湯部表面に生成する凝固殻に、浮上中の大型化した非金属介在物(以下、「介在物」という。)が付着し、凝固殻の成長に伴い肥大化した層状の異物塊となり、これが衝撃を受けて鋼塊の上部から底部にわたる不定の位置に落下し、鋼塊の凝固後に周辺組織と著しく異なつたものとして認識されるに至つた異常組織である。これに対し、本願発明が対象としているのは、湯面における右凝固殻の成長肥大化に先立ち、鋳型近くで析出した微少な結晶核や結晶片が主として比重差による沈降(シヤワリング)の過程で浮上中の小型の介在物を捕捉しながら鋼塊底部に集積してできる異常組織である。

(2)  このように、本願発明が対象とする以上組織は、捕捉された小型介在物の分散的な落下による集積であるから、湯面凝固殻の肥厚化した一部のものが脱離、落下してできる一塊の層状を呈する第1引用例記載のものとは、その生因において明確に区別されるのである。更に、本願発明は、前記のような異常組織のほかに、ラミネーシヨンの阻止をも対象としている。しかるに、審決は、本来全く異なる両者の異常組織としての介在物欠陥について、その生成過程の相違を看過し、また、本願発明がラミネーシヨンをも対象としている点を看過し、両発明を単に超音波探傷試験結果による欠陥として抽象化された共通点にのみ着目して比較し、両者が対象とする異常組織が同一であると認定判断したもので、本願発明が解決しようとする技術的課題の把握を誤つたものというべきである。

(3)  高発熱パウダー(本願発明における早期燃焼型高カロリー保温剤と同じ)の添加時期は両発明において異なり、本願発明では注入(「溶鋼の注入」の意味である。以下同じ)終了直後であるのに対し、第1引用例記載の発明では注入が終了してから数分経過後である。以下に第1引用例記載の発明における高発熱パウダーの添加時期について検討する。

第1引用例は、大型介在物浮上時期については「注入終了直後」と説明し(甲第5号証5頁5行目、16行ないし17行目)、高発熱パウダー添加時期については「注入後」と説明している(同号証の7頁表5、表6、同頁10行目)。即ち、第1引用例は、「注入中」及び「注入終了直後」まで浮上した大型介在物に対し、異常組織の成長阻止のため、「注入後」に高発熱パウダーを添加すると説明しているのであるから、右にいう「注入後」とは「注入が終了して数分経過後」の意味であつて、「注入終了直後」を含まないと解するのが相当である。

次に第1引用例の7頁表5によれば、高発熱パウダーを「注入中」に添加したのでは超音波探傷欠陥減少に全く効果がないことが示されている。右にいう「注入中」とは、第1引用例記載の発明が断熱スリーブを使う造塊技術であることからみて、注入した溶鋼の湯面が断熱スリーブ域に達した時期、即ち「注入終了直前」を意味しているものと解せられる。そうであれば、右発明において、「注入終了直前」とほとんど時間的なずれがない「注入終了直後」に高発熱パウダーを添加しても効果はないと考えられる。したがつて、右発明の高発熱パウダーの添加時期には、「注入終了直後」は含まれていないというべきである。

更に、第1引用例には、大型介在物による異常組織の発生時期(介在物のすべてが湯面に達し落下する直前の時点)は、注入終了後数分以降であること(甲第5号証の4頁6行ないし7行目)及び使用している高発熱パウダーの最高温度到着時間が23秒であること(甲第5号証の表4)がそれぞれ記載されている。このことから、異常組織が湯面から脱離しないようにするには、注入が終了してから数分経過後と推定される時期に合わせて高発熱パウダーを添加することが必要であるということができる。そこで、具体的に添加時期を検討すると、甲第5号証の3頁の写真1によれば、発生した異常組織の位置は鋼塊下端より70ないし75ミリメートルの位置にあるから、鋼塊底部では既に70ないし75ミリメートルの厚さの凝固組織が生成していることになる。凝固組織が右の厚さになるまでの時間は別紙(1)に示すライトフートの凝固式により最低でも5.4分平均的には9分であり、別紙(2)に示すストークの法則によれば、異常組織の落下時間はきわめて短いものと考えられるから、5.4ないし9分の間に異常組織の湯面凝固殻からの脱離がおこつたものと推定される。そうであれば、第1引用例における高発熱パウダーの添加時期は別紙(3)の実線が示す時期となる。一方、湯面凝固殻からの脱離がおきないように予め高発熱パウダーを添加する場合を考えると、第1引用例では発熱量1700キロカロリーの低発熱パウダーの添加では効果(別紙(3)の図面中破線表示)がないのであるから、前記落下推定時間に、少なくとも低発熱パウダー添加の効果以上の熱供給が残存していなければならない。この残存熱供給量を考慮して高発熱パウダーの添加時期を早めたとしても、せいぜい別紙(3)の図面中一点鎖線で示す程度にしかならず、注入終了直後に添加するケースはあり得ないことになるのである。

このように、第1引用例記載の発明では、高発熱パウダーは注入終了後数分経過してから添加されるものであるのに、これと注入終了直後に高発熱パウダーが添加される本願発明を対比し、両者とも添加時期が「注入後」(正確には「注入終了後」)である点で同一であると認定した審決は誤つているものといわざるを得ない。

2 審決は、本願発明と第1引用例記載の発明との相違点である鋳込前の溶鋼注入温度及び溶鋼の酸素含有量の限定に対する判断を誤り、本願発明の技術的意義を誤認した(取消事由(2))。

(1)  本願発明の特徴は、使用する高発熱パウダーの種類とその用法(添加の時期)についての限定に加え、更に溶鋼自身の内部的性状ともいうべき溶鋼注入温度及び溶鋼の酸素含有量が介在物集積に与える相互補完的な影響についても臨界的に吟味し限定した点にあるのであるが、第1引用例記載の発明は、超音波探傷欠陥となる異常組織の発生を阻止するのに有効な方法として、前記のように、低発熱パウダーの使用に代えて高発熱パウダーを異常組織生成の挙動に照らして、注入が終了してから数分経過した後の適当と考えられる時点に投入するという用法を開示するにとどまり、溶鋼自身の内部的性状との関連における相乗作用については全く触れるところがない。また、第2及び第3引用例記載の発明(その内容は審決認定のとおりである。)を見ても、発熱パウダーと溶鋼の内部的性状との総合的な関係について示唆するような記載は全くない。

(2)  審決が指摘するように、溶鋼の酸素含有量を低く抑えることによつて介在物欠陥を少なくするなどのすぐれた効果が得られることは製鋼の一般常識であり、また、鋳込前溶鋼の注入温度を液相開始温度(凝固開始温度)より20度C以上にすることは、第3引用例にみられるように鋼を鋳型に注入する際の常套手段であることは認めるが、本願発明において、溶鋼の酸素含有量を35ppm以下とし、かつその注入温度を液相開始温度より20度C以上とすることが、高発熱パウダーの適時投入による介在物集積の防止効果を得るための不可欠の前提をなすのである。即ち、溶鋼の鋳込温度を適当に上げることによつてシヤワリング現象を抑制し、溶鋼中の酸素含有量を制限することによつて介在物の分布とサイズを抑えたうえ、高発熱パウダーを注入終了直後に添加することによつて介在物の集積を阻止することができるのである。このように、本願発明における溶鋼の注入温度及び酸素含有量については結晶核のシヤワリングという大型鋼塊特有の現象をベースにして考えないと、その数値限定のもつ意義を把握することができないのであり、この限定によつて高発熱パウダーの適時投入による介在物集積阻止の効果が得られるのである。この点に他の発明にみられない本願発明の進歩性があるのである。

(3)  しかるに、審決が本願発明における溶鋼注入温度及び溶鋼の酸素含有量の限定について、単なる常套手段及び一般常識であると認定判断したことは、この点についてなんらの開示のない第1引用例記載の発明との相違点に対する判断を誤り、本願発明の技術的意義を誤認したものといわざるを得ない。

3 本件審決には、手続違背の違法がある(取消事由(3))。

本願発明に対し、拒絶査定は第2引用例記載の発明を唯一の引用例としてその進歩性を否定した。そこで、原告は、これに対する審判手続において拒絶査定を不服とする理由として第2引用例記載の発明が本願発明の進歩性を否定する根拠とはならない旨を主張し、第1引用例記載の発明については、特許異議申立に対する答弁において本願発明との技術的思想における本質的な差異を主張するにとどめた。しかるに、審決は、主として第1引用例記載の発明を根拠とし、第2及び第3引用例記載の発明を付加的に引用して、本願発明の進歩性を否定した。かように、審決は、拒絶査定とは全く異なる理由で本願発明の進歩性を否定したにもかかわらず、原告(請求人)に対しその点に関する意見開陳の機会を与えなかつた。かかる審決は、特許法159条2項、50条の定める手続に違反し、違法のものである。

4 以上のように、審決は、本願発明と第1引用例記載の発明との一致点を誤認し、かつ相違点の判断を誤つたため、本願発明の技術的意義の把握を誤り、その結果、本願発明が第1ないし第3引用例記載の発明から容易になし得るものと誤断し、また、手続違背を犯したものであるから、かかる審決は違法なものとして取消を免れないものというべきである。

第3(被告)請求の原因の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3、4、1(1)(但し、「注入後」が「注入終了してから数分経過後」の意味であるとの部分を除く)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

2  主張

1 取消事由(1)について

本願発明と第1引用例記載の発明が対象とする超音波探傷欠陥となる異常組織は、いずれも従来から普通に行われていたキルド鋼の造塊時にみられる鋼塊底部に集積する介在物が原因となつて発生したもので、その発生の現象及び時期に差がみられるとしても、実質上異なるものではないのであつて、そのことは、それぞれ実施例が示す右欠陥発生率において格別の差異がないことからも明らかであるといえる。そして、両発明は、溶鋼を鋳型に注入後、高発熱パウダーを添加して、鋼塊底部へ超音波探傷欠陥の原因となる介在物の集積を抑えることにより右欠陥を低減しようとする点において差異は認められない。またラミネーシヨンは介在物の集積により発生するものであるから、介在物の集積を抑えることによつてラミネーシヨンは阻止されるのである。このことは製鋼の一般常識であり、介在物の集積を抑え超音波探傷欠陥を低減させることがラミネーシヨンの阻止につながるのである。したがつて、審決がラミネーシヨンについて無視したことにはならない。

次に、第1引用例には、パウダー添加時期を原告主張のように、注入が終了してから数分経過後と解すべき記載はない。第1引用例においては、超音波探傷欠陥の原因となる介在物を含む異常組織が発生する時期を注入終了後数分以降と推定し、異常組織は凝固殻が成長し、一部が溶鋼底部に落下した結果によるものであるとし、このことから異常組織の発生を阻止すべく、凝固殼が成長しないように注入終了後に高発熱パウダーを添加して保温を強化するのである。従つて、凝固殻が成長し、一部が溶鋼底部に落下して異常組織が発生した時期、即ち注入終了後数分を経過した時点でパウダーを添加しても、凝固殻の成長阻止、異常組織の発生阻止の効果を生じないことは明らかである。このことからみても第1引用例における高発熱パウダーの添加時期として記載された「注入後」が注入終了後数分を経過した時点を意味するものではないということができる。また、右の「注入後」の文言には、「注入終了直後」も含まれると解される。そうであれば、高発熱パウダーの添加時期を注入終了直後とする本願発明と第1引用例記載の発明とは、その添加時期が一部重複していることは明白である。

2 取消事由(2)について

本願発明における溶鋼の注入温度は、従来からのキルド鋼の造塊で常用されており特に新規なものではなく、また、酸素含有量を下げることは介在物の低減につながるもので製鋼の常識である。これらのことと第1引用例記載の発明によつて介在物の低減、即ち超音波探傷欠陥の低減が期待できることは当業者が容易に判断できることである。

3  取消事由(3)について

第1引用例は、特許異議申立の段階で原告に送達され、原告もこれについて書面により意見を述べている。また、拒絶査定の理由と審決の理由との間に実質的な差異はない。したがつて、審判において、本願発明と公知技術との対比の例示として、第1引用例記載の発明を用いても、審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にあたらないから、第1引用例につき再度意見を求める必要はないものというべきである。かように、審判において、原告主張のような手続違背の違法はない。

4  以上のとおり、原告主張の取消事由はすべて理由がなく、審決の判断に誤りはない。

第4証拠関係

当事者双方の書証の提出、認否は本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  取消事由(1)について

1 原告は、本願発明と第1引用例記載の発明が対象としている異常組織が異なるにもかかわらず、審決が単にこれを超音波探傷試験結果による欠陥という抽象化された共通点でとらえ、両者を同一であると認定判断したことは、本願発明の技術的課題の把握を誤つたものである旨主張するので、この点について検討する。

(1)  原告は、先ず、両発明が対象とする異常組織としての介在物欠陥の生成過程が異なる旨主張する。

請求の原因4、1、(1)の事実(但し、第1引用例に記載された「注入後」の意味する点を除く)は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第5号証(第1引用例)によれば、第1引用例には、「大型介在物が注入中及び注入終了直後に浮上し、溶鋼表面の薄い凝固殻にトラツプされ、発熱パウダー添加から発熱までの吸熱等による冷却のために薄い凝固殻の下側に柱状晶が成長し、この凝固殻は次第に大きく成長する。ところである大きさに達すれば、造塊作業上の何らかの機械的(モミガラ添加時の振動等)及び熱的(発熱パウダーの発熱による部分的溶解等)シヨツクにより脱離し、大型介在物を伴なつたまま、鋼塊底部に落下する。」(5頁4行ないし12行目)、「上述の生成機構を考えれば、探傷欠陥となる介在物を含む異常組織の発生を防止するためには、注入中及び注入終了直後の大型介在物浮上後介在物を含む凝固殻が溶鋼表面で成長しないように頭部保温を強化する必要がある。」(同頁15行ないし19行目)と記載され、また、表3ないし6(6、7頁)に右の頭部保温法として各種の発熱パウダーを用いて行つた各種の実験(注入時期、断熱スリーブの使用等)の結果が記載されていることが認められ、一方成立に争いのない甲第3、第4号証(本願発明の出願公告公報、手続補正書)によれば、本願発明の出願公告公報(補正されたものを指す。以下同じ)には、「本発明は酸化物系介在物(以下、介在物と略記する)の少ない清浄な大型鋼塊の製造方法に関するものである。一般にキルド鋼塊内の介在物はそのほとんどが底部のいわゆる沈澱晶帯に集積して存在し、その集積程度が大なる場合には超音波探傷欠陥あるいはラミネーシヨンなどの発生原因となる。」(第1欄29行ないし35行目)、「キルド鋼を大型造塊鋳型に注入する間ないしはそれに引続いて、放熱により冷却される湯面およびその直下には、多数の結晶核が生じて逐次に成長しつつ、溶鋼との比重差のため鋳型底部に沈降し、この際溶鋼中の介在物が一部この沈降に伴われて底部に集積する。」(第2欄24行ないし29行目)、本発明は、「湯面およびその直下付近で発生する結晶核の生成防止と、溶鋼内温度差による溶鋼下降流の有効な抑制を、溶鋼の注入中ないしその直後において、いち早く実現すべく鋳型内湯面を早期燃焼型高カロリー保温剤でもつて被覆することにより」(第3欄10行ないし15行目)と記載されていること認められる。前記争いのない事実とこれらの記載によれば、第1引用例の発明では、溶鋼中を浮上して湯面に達した大型介在物が湯面或はその直下付近に生じた凝固殻に捕捉され機械的シヨツク等により落下し、鋼塊底部に集積し異常組織化するのを阻止するものであるのに対し、本願発明では、湯面、その直下或は鋳型壁付近に生じた凝固殻が溶鋼との比重差により沈降する際、浮上中の介在物がこれに捕捉されて落下し、鋼塊底部に集積し、異常組織化することを阻止するものであるが、両発明とも、溶鋼頭部の冷却により溶鋼内に生じた凝固殻(鉄結晶)が介在物(その大部分が酸化物であることは周知の事実である。)と結合し、これが鋼塊底部に落下し集積することにより介在物欠陥を生じ、異常組織化するため、これを阻止する手段として、湯面に高発熱パウダーを添加し、溶鋼頭部の保温強化をはかるという点において、共通の技術的課題を有するものと認めることができる。そして、右のように、両発明が対象としている介在物欠陥としての異常組織は、溶鋼中を浮上する介在物が湯面の冷却により生ずる凝固殻に捕捉されて降下し集積されることにより生ずるものであるという点において差異がないものと認められるから、ともにその集積による異常組織化の阻止を技術的課題とする両発明を対比するに当つては、これを超音波探傷試験の結果による共通の欠陥として把握することができるものというべきである。

(2)  原告は、本願発明では介在物集積のほか、ラミネーシヨンの阻止をも対象としている旨主張する。しかし、前記本願発明の出願広告公報第2欄29行ないし35行目の記載によれば、ラミネーシヨンの発生原因が介在物集積にあると認められるのであるから、第1引用例記載の発明も介在物を減ずることを目的とする以上、同発明においてもラミネーシヨン阻止の効果も当然達せられるものと認めるのが相当である。

(3)  以上述べたように、本願発明と第1引用例記載の発明が対象とする介在物欠陥による異常組織が異なるという原告の主張は理由がなく、審決の本願発明の技術的課題の把握に誤りはない。

2 次に、原告は、高発熱パウダーの添加時期が両発明において異なり、本願発明では注入終了直後であるのに対し、第1引用例記載の発明では注入が終了してから数分経過後である旨主張するところ、原告主張のとおり前掲甲第5号証によれば、第1引用例には大型介在物浮上時期については「注入終了直後」と記載され(5頁5行目、16行ないし17行目)、高発熱パウダー添加時期については「注入後」(その正確な時期的な限定は別として、「注入終了後」の意と解される。)と記載されている(7頁表5、表6、同頁10行目)ことが認められる。しかして、前記本願発明の要旨にあるとおり、本願発明における高発熱パウダー添加時期が「注入中」又は「その直後」とされているのに対し、原告は、第1引用例に高発熱パウダー添加時期として記載された「注入後」を「注入が終了してから数分経過後」(以下「注入終了数分後」という。)の意味に解するのであるが、その添加時期が「注入終了直後」であつても「注入終了数分後」であつても、いずれも「注入終了後」であることに変りはないのであるから、第1引用例記載の発明における高発熱パウダー添加時期がなんらかの特別の意義のもとに「注入終了数分後」と限定されたことが認められない限り、注入終了後の添加時期については、両発明において異なるところはないものとみざるを得ない。そこで第1引用例記載の発明における高発熱パウダーの具体的な添加時期について検討を進めることとする。

(1)  既に述べたように、第1引用例における介在物集積による異常組織は、湯面或はその直下に生成される凝固殻が肥大し、これに浮上中の大型介在物が捕捉され機械的シヨツク等により沈下することによつて生ずるのである。また、右凝固殻は溶鋼頭部の冷却に起因するものであるから、その発生は注入終了直後から、場合によつては注入中の段階からみられる。そして、前記のように大型介在物は注入終了直後から浮上するのであるから、第1引用例記載の発明において、注入終了数分後に高発熱パウダーを添加しても、既にその時点では凝固殻が発生し、肥大化中であり、介在物も湯面に達しているか浮上中であると認めることができるのであつて、右のような添加方法では、介在物集積による異常組織の阻止という目的が達せられないことは明らかである。現に、第1引用例の5頁4行ないし12行目の前記記載によれば、同引用例においては、発熱パウダーの添加から発熱までの極めて短時間内におこる吸熱現象による冷却さえも凝固殻成長の一因として指摘しており、このことからみても、注入終了数分後までの間に発熱パウダーを添加しないまま放置しておくということは考えられないところである。また、成立に争がない甲第7号証には、「溶鋼を押湯まで注ぎ終れば保温剤としてわら灰、もみ殻、コークス粒、木炭または押湯保温剤(テルミツト反応を利用した発熱剤)などで押湯上部を覆いこれによつて押湯部を最後に凝固させてパイプ、偏析部に局限して鋼塊歩留りの向上をはかる」と記載されており(359頁表2.56の下9行ないし12行目)、右記載は直接には介在物集積の阻止に関するものではないが、押湯部(湯面)の凝固をできるだけ遅らせる方法に関するものであつて、その限りでは本願発明及び第1引用例記載の発明における凝固殻生成阻止という目的と共通するものがあり、右記載によれば、保温剤は溶鋼を注ぎ終つた段階で添加されていることを知ることができるのである。

かようにみてくれば、第1引用例において、発熱パウダーの添加時期を示す「注入後」の記載は「注入終了直後」を意味すると解するのが相当である。

(2)  前掲甲第5号証によれば、原告主張のとおり第1引用例の7頁表5には、断熱スリーブと発熱パウダー添加を併用する場合低発熱パウダーでも高発熱パウダーでも注入中添加によつては超音波探傷欠陥発生阻止の効果がない旨の記載があることが認められる。原告は、右にいう「注入中」とは断熱スリーブを使用する関係上「注入終了直前」を意味するものであり、注入中添加に効果が認められない以上、それとほとんど時間的に差がない注入終了直後に添加することは効果の面からみてあり得ないとの趣旨の主張をする。しかし、断熱スリーブを使用しているからといつて、前掲甲第5号証によるも、右にいう「注入中」を、原告が主張するように「注入終了直前」と解さなければならない決定的根拠を見出すことはできず、「注入中」というのはいつの時点をとらえての表現であるか不明というほかない。また、右の注入中に発熱パウダーを添加したのになぜ所期の効果を奏し得なかつたかは明らかでない(たとえば、注入中添加したのみで、注入終了後は添加しなかつたということも想像できないわけではない。)。これに対し注入終了数分後に高発熱パウダーを添加したのでは、介在物集積による異常組織阻止に十分な効果を発揮し得ないことは既にみたとおりであるから、添加時期として示されている「注入後」を「注入直後」と解することは十分な根拠があるというべきであり、かかる「注入後」の記載と必ずしも根拠が明らかとは認め難い「注入中」とを対比し、後者から前者の時期を推論しようとする原告の主張は採用することができない。

更に、原告は、第1引用例における異常組織の鋼塊底部における位置から推してその発生時期が注入終了後5.4分ないし9分であると推定されること及び第1引用例記載の発明に用いられる高発熱パウダーのピーク時が23秒であることを根拠として、同引用例における高発熱パウダー添加時期を注入終了数分後であると主張する。しかし、既に述べたように異常組織は溶鋼中を浮上する介在物が湯面或はその直下において生成され肥大化した凝固殻に捕捉され沈下することによつて生ずる介在物集積が原因となるのであり、他方発熱パウダーの添加の目的は湯面或はその直下における凝固殻の成長阻止にあるのであつて、凝固殻に捕捉された介在物の沈下阻止にあるのではない。異常組織発生を防ぐためには湯面の凝固殻の発生を防ぐことが必要であるから、右凝固殻に起因する異常組織の発生時点(原告の主張によれば、それは介在物すべてが湯面に達し落下する直前の時点)を基準として凝固殻の阻止を目的とする発熱パウダー添加の時期を論ずることは意味のないことであるといわなけれならない。したがつて、パウダーの性状を論ずるまでもなく、原告の右主張は理由がない。

(3)  以上のように、第1引用例記載の発明における高発熱パウダーの添加時期が注入終了数分後であるとの原告の主張は採用し難く、その時期は注入終了直後と認めるのが相当である。そうであれば、高発熱パウダー添加時期については、右発明も本願発明も異なるところはなく、この点を「注入後」(注入終了後)として一致点と認定した審決に誤りはない(仮に、同引用例において、注入終了数分後に添加していたとしても、添加時期をそのように限定した技術的意義を見出すことができないから、結局、両発明の高発熱パウダーの添加時期はともに「注入後」(注入終了後)という点で一致しているものと認めざるを得ないのである。)。

3  取消事由(2)について

1 原告は、本願発明における鋳込前の溶鋼注入温度及び酸素含有量限定といういわば溶鋼自身の性状の特定は、結晶核のシヤワリングという大型鋼塊特有の現象をベースとして、使用する高発熱パウダーの種類と用法との関連で定められたもので、審決がいうような単なる製鋼の一般常識及び常套手段ではないと主張する。

溶鋼の酸素含有量を低く抑えることによつて介在物欠陥を少なくするなどの効果が得られることが製鋼の一般常識であること及び鋳込前の溶鋼注入温度を液相開始温度、即ち凝固開始温度より20度C以上高い温度にすることが鋼を鋳型に注入する際の常套手段であり、第3引用例にも記載されていることは当事者間に争いがない。そして、本願発明の溶鋼注入温度の限定は右の常套手段として通常製鋼において採用されている範囲のものであるし、酸化物系が大部分とみられる介在物を構成し、或はその生成原因と推定される溶鋼中の酸素の含有量を少なくすれば、それだけ発生する介在物の減少及び小型化に役立つことは製鋼における右の一般常識事項に属するものというべきであるが、本願発明において、かかる溶鋼の内部的性状の特定と使用される高発熱パウダーとの関連づけについての技術的意義は、原告の主張によるも必ずしも明らかではない。もつとも、前掲甲第3号証によれば、本願発明の出願公告公報には「上記鋳込温度と、早期燃焼型高カロリー保温剤による湯面被覆条件との間は不可分な関係がある。」(第3欄39行ないし41行目)と記載されており、その理由を説明したと認められる同号証の第2欄29行ないし39行目の記載によれば、本願発明が溶鋼注入温度を液相開始温度+20度C以上としたのは、右温度を液相開始温度としただけでは、鉄結晶(凝固殻)が鋳込開始直後から鋳型内溶鋼中に広範囲にわたり発生し、介在物を捕捉する程度が著しくなるので、湯面を高発熱パウダーで保温し、湯面又はその直下付近で発生する結晶核(凝固殻)を防止しただけでは、介在物集積は十分に抑止することができないからであり、右のように溶鋼注入温度を設定することにより、高発熱パウダーの使用と相俟って介在物集積を阻止する効果を期待したものと認めることができる。しかし、前記のように、本願発明の右の溶鋼注入温度は第3引用例に記載されているところであるし、右に認定した点も、要は溶鋼注入温度を上げることによつて、介在物集積の原因となる凝固殻発生を阻止するといういわば常套手段の域を出ないものというべきであるから、高発熱パウダー使用との関連で特段の技術的意義を見出すことはできない。

かように、本願発明における溶鋼注入温度及び溶鋼の酸素含有量は、製鋼の常套手段及び一般常識の範囲内のもので、高発熱パウダーの使用と関連づけてはじめて意味のあるものとみられる限定ではなく、これにより奏せられる効果も予期し得ないものではないというべきであるから、右の点について第1引用例に記載されていなくとも、当業者が容易に採用し得る程度の事項であるといわざるを得ない。原告のこの点に関する主張は理由がない。

2 高発熱パウダーの添加に関連して、そのピーク時間及び総発熱量についてもふれる。

先ず、ピーク時間については、本願発明のものはその発明の要旨によれば2分以内であり、第1引用例記載のものは前掲甲第5号証によれば23秒であることが認められるから、前者は後者を包含しているといえる。

次に、高発熱パウダーの溶鋼トン当りの総発熱量については、本願発明のものはその発明の要旨によれば3000キロカロリー以上であるが、第1引用例にはその点の記載はない。しかし、前掲甲第5号証によれば、第1引用例記載の発明において用いられる高発熱パウダーの1キログラム当りの発熱量が2500キロカロリーであることが認められること、前記当事者間に争いのない事実によれば、第2引用例においては、15トンの扁平鋼に32キログラムの高発熱パウダーを用いているから、右高発熱パウダーの使用量を溶鋼トン当りに換算して求めると、その値は2.13キログラムとなること、前掲甲第3、第4号証によれば、本願発明における2つの実施例では、高発熱パウダーの溶鋼トン当りの使用量は2キログラム及び3キログラムであることが認められること、後に述べるように、第1引用例と第2引用例は同じ介在物集積による異常組織の発生阻止に関する研究であると認められることなどに照らし、第1引用例記載の発明の場合において溶鋼トン当り2キログラムの高発熱パウダーが使用されるものと認めて差支えなく、しかして、前掲甲第5号証によれば、第1引用例記載の発明において用いられる高発熱パウダーのキログラム当りの発熱量は2500キロカロリーであるから、これを2キログラム使用するとすれば5000キロカロリーとなり、それは、溶鋼トン当り総発熱量を3000キロカロリー以上とする本願発明のものと重複することになるのである。

3 取消事由(3)について

成立に争いのない甲第9、第10号証によれば、審査官は、本願発明が第2引用例記載の発明から容易になし得るとの理由で本願発明の出願公告に対する前記特許異議申立を理由あるものと認め、同じ理由によつて、本願発明の出願につき拒絶査定をしたことが認められる。これに対し、審決は、前記のとおり第1ないし第3引用例記載の発明と本願発明とを対比のうえ、本願発明がこれら引用例記載の発明から容易になし得ると判断したのであるが、右の本願発明との対比は第1引用例記載の発明を中心としてなされたものであることはその理由に照らし明らかなところである。原告は、かかる経緯をふまえて審決が拒絶査定と異なる理由で本願発明の進歩性を否定しながら、この点について原告に対し意見開陳の機会を与えなかつたことは手続違背であり、かかる審決は、違法である旨主張する。しかし、前掲甲第5号証及び成立に争いのない甲第6号証によれば、第1引用例は昭和47年3月3、4日付の日本鋼管株式会社京浜製鉄所作成の「厚鋼板用扁平鋼塊の内質向上について」と題する報告書であり、第2引用例は昭和47年4月4、5、6日に行われた日本鉄鋼協会第83回講演大会における日本鋼管株式会社技研所属の根本秀太郎外2名、京浜(京浜製鉄所の略称と推察される)所属の阪本英一外2名による「扁平鋼塊底部の介在物の発生機構について」(副題「扁平鋼塊底部の内質に関する研究―Ⅰ」)と題する講演内容を記載したものであつて、ともに日本鋼管株式会社の京浜製鉄所が関与してほぼ時を同じくしてなされたキルド鋼塊底部の大型介在物についての研究報告で、前者がその発生機構とその防止方法、後者がその発生機構に関するものではあるが、後者からその防止方法についての示唆を得ることもできないことはないものと解せられるから、両者はその内容において共通する部分があり、したがつて、拒絶査定と審決が全く異なる引用例によつて本願発明の出願を拒絶したものとまではいい難く、拒絶査定の理由も、審決における拒絶の理由も、両者を対比してみて実質上変わるところがあるものとは認めることはできない。そして、成立に争いのない甲第8、第13号証によれば、特許異議申立人は第1ないし第3引用例及び製鉄研究(昭和31年12月30日八幡製鉄株式会社発行)と本願発明を対比したうえ、本願発明に進歩性がない旨主張したのに対し、原告はこれに対する特許異議答弁書において、第1引用例を含め右全刊行物についての意見を述べ反論をしていることが認められるから、原告は、すでに審査の段階において第1引用例についての意見を開陳しているものであつて、これは審判においても維持されているものというべきである。かような審判に至る経緯に照らせば、審判官が原告に対し改めて拒絶理由を通知し、これに対する意見を求めなかつたとしても、これを違法ということはできない。

4  以上のように、審決には原告主張のような違法な点はなく、本願発明は第1ないし第3引用例、製鋼における一般常識及び常套手段から容易に推考し得るものというべきであるから、審決の判断に誤りはない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(石澤健 楠賢二 松野嘉貞)

〈以下省略〉

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